音楽の練習はつらくて当たり前?「子どもたちに本物の音楽と楽しいレッスンを」―笹森壮大さんの挑戦

4歳からチェロを始め、桐朋学園大学音楽部に入学後、フランスに留学。臼井洋治氏、倉田澄子氏、M.ミローネ氏の各氏に師事し、音楽の道を歩んできた笹森壮大さん。子育ての分野に造詣の深い、花まる学習会の高濱正伸さんと意気投合し、子どもの音楽教育への情熱とともに、花まる学習会の音楽教育部門「花まるメソッド音の森」(現 アノネ音楽教室)を立ち上げましました。

これまでの子どもたちへの音楽指導に問題意識を持ちながら、よりよい音楽教育を追究した結果、教室の入会者は5年で1000人を突破。子どもたちが、「本物」の音楽を楽しく学んでいます。そんな笹森壮大さんの音楽教育とは? ご家庭でのレッスンのヒントもいっぱいです。下記、笹森壮大(著)『幼児期だからこそ始めたい 一生ものの音楽教育』より

 笹森さんの音楽教育への問題意識

◇指導者の絶対権力の存在  

音楽高校に通っているとき、小学生が大半を占めるジュニアオーケストラの手伝いをすることになった笹森さん。ここで、生徒がレッスンの内容で振り回される様子を目にしました。ここでは2人の指導者が隔月で教えていたのですが…。その様子を本文より抜粋すると、

A先生が指導に来ると、「なんでこんな弓順で弾いているんだ? それに、この指番号もおかしい!」と、子どもたちが考えて決めたことを頭ごなしに否定します。そして子どもたちはA先生の決めた弓順と指番号に従い、譜面を書きなおします。

しかし、次の月にB先生が来ると、「この変な指番号はなんだ?」というのです。生徒が「A先生が変えました」というと、B先生は「こんな弓順ではモーツァルトは弾けない。A先生のことは無視していいから」といって、書きなおさせます。

このような様子だったそうです。つまり、先生たちの派閥争いに生徒たちが巻き込まれているという状況でした。

笹森さんは、「指導者がまるで神様のように振る舞う」ことは、スポーツ界でも問題視されているとした上で、これは音楽の世界でも至るところに潜んでいることだと述べています。この先生たちは、どういう意識で生徒たちに音楽を教えているのか?「先生」として子どもたちに素晴らしい音楽を伝えていきたいのではないのだろうか? 笹森さんの疑問は募ります。

◇教育を学んでいなくても音楽の指導者になれる?

これらのことから笹森さんが気づいたのは、「経験則」で先生になれてしまうという現実でした。音大を出るなどし、音楽と真摯に向き合ったことがなかったとしても、趣味の延長線上で音楽を教えることができる。また、演奏家になれるのはほんの一握りの世界で、人生の選択の消去法として先生を選ぶということもできるのです。教育者としても尊敬でき、音楽家としても素晴らしい両輪を兼ね備えた先生に、たくさん出合ってきた笹森さんは、「そうでない人」が音楽を教えていることに強烈な違和感を覚え始めます。

そんな笹森さんの脳裏には「教育者の集団で音楽教室をつくること」が浮かぶようになります。

教育に志をもち、研鑽を積みつづけられる組織ができれば、子どもに対しても適切な指導ができ、現状の問題意識を解決できるのではないか

そのような志のもとに立ち上げられたアノネ音楽教室では、長い研修期間を経た先生たちが、子どもたちに「本物の音楽」を「楽しく」教えています。

子どもの特性を知り尽くした上でのレッスン方法…いくつかの例をご紹介!


1.「反復」が苦手な幼児の特性に合わせた声かけを

「さっきのところのテンポが崩れたから、もう1回弾いて」

この声かけのよくない箇所はどこだと思いますか?「もう一回」と「崩れた」という言葉です。

代わりに、「今度はこのテンポで弾けるとかっこいいな」このような声かけをするのが、笹森さん流です。

音楽の練習は「反復」がメインですが、子どもは、この「反復」や「振り返り」が苦手だという一大特性があるため、「もう一回」という言葉は好ましくありません。そこで、「じゃあ」「今度は」「そしたら」などといった「前に進んでいる感じがする言葉」に置き換えます。また、「崩れた」などのマイナスのイメージの言葉は使わずに、ポジティブで未来志向な言葉を選ぶようにしましょう。

2.「じっと座っていられない」年齢の子どもたちには…?

幼児(4〜6 才児)が30 分間座っていられるのは奇跡だといいます。「別の場所で楽器を習わせようとしたんですけど、落ち着きがなくて座っていられず、まだ始めるのは早い、といわれてしまいました。そんなうちの子でも、大丈夫でしょうか?」という問い合わせがきた場合、笹森さんは「もちろん大丈夫ですよ。落ち着きがないのが幼児の特性ですから」と言いきるそうです。

この幼児の特性を踏まえて笹森さんがレッスンに取り入れているのが、「子どもが、じっとしていられずにむずむずしてきたら、あえて動きのある遊びをする」というもの。

ex) 「シークレットミッション」

笹森さんが最初所属していた花まる学習会の年中年長クラスで取り入れられている方法です。

子どもがむずむずしてきた瞬間に

「部屋のなかにある青いものはいくつかな? 数えてみよう、よーいドン!」「ドアノブにタッチしてこよう。10数えているうちに3回行って帰ってこられるかな?」

などの声かけをします。眠くなりそうだった子どもたちの目の輝きも戻るそうです。

3.モチベーションを下げない工夫 ―スモールステップ

「曲の完成形」を目指す音楽のレッスンでは、そこに到達するまで一度も褒められないということもあります。しかし、実際は少しずつでも成長しているもの。これを見逃してしまうと、子どもは音楽が嫌いになってしまいかねません。そこで、笹森さんが取り入れているのが、「スモールステップを見つけて褒めてあげる」ということ。例えば、ピアノの場合、綺麗で伸びやかな演奏まで到達していなかったとしても、1曲弾けるようになったら、グランドピアノのふたを全開にして「小さな発表会」のような雰囲気で演奏させてあげます。教える側がスモールステップでゴールを設定し、成長を認めてあげることがとても大切なのだそうです。

4.練習していないのに「練習した」―欺きも成長の証。でも、練習をしてもらうためには?

「嘘をつかないようにさせる」「親に対してごまかさないようにさせる」という考え方もあるでしょうが、「欺きも成長の証」と捉えている笹森さん。

以下の2つの仕組みを作ることで、「子どもが練習する環境」を整えることを勧めています。

ひとつは、「練習をする場所」。お母さんが付きっきりで練習を見なかったとしても、「お母さんの背中が見えるくらいの適度な距離」にいることで、子どもは学習に集中できるといいます。

もうひとつは、「見えないものを見えるようにする仕組み」

① 練習のノートや、回数のチェックリストをつくる

② 1 週間の目標は、スモールステップで細かく「ここまではできるようにする」という設定をする

③ 一人で練習できるようになるのが、お母さんに口出しされたくないものの、成長は認めてほしい時期(個人差はあるが、花まる学習会で「青い箱」といわれる10歳より上の年齢)なので「ここだけはお母さんがチェックする」というところをつくる ※お母さんが分かる範囲で。

これらをお母さんがチェックすることで、「10回練習したの!? 」などと叱ることなく「残念、できていないね。できるまで練習してね」などの声かけができるようになるというメリットも。

音楽教育についてのお母さんの悩みで多いのは?

保護者の方からのお悩みで非常に多いのが、「うちの子は譜面を読めない」というものだそうです。

ドレミを読み解く「読譜」ができれば、楽器が弾けるかというとそうではなく、その音をどの指で弾くかという「指番号」に置き換える必要があります。よく、譜面を読むのが苦手なお子さんのお母さんが、楽譜に「音」を文字にして書いてしまうそうですが、実は「指番号」を書いたほうが、演奏しやすいと言えます。また、ひとつの曲をある程度弾けるようになると、その後の練習では譜面を見なくても大丈夫になり「読譜」をしなくなりますが、笹森さんは、その間も読譜の練習を継続することを勧めています。

読譜の力がしっかりつかないままに、より難しい曲に入ってしまうと、そのタイミングが入試などと重なったうえに、譜面が読めないことで練習にも余計時間がかかる…また、これが思春期に当たれば反抗期とも重なり、親子関係もぎくしゃくしてしまう…「読譜の練習がしっかりなされてこなかったこと」がこれらの原因となってしまうのを阻止するためです。笹森さんは、これを突破することができず に「本当は続けたいのに音楽の習い事を断念せざるを得ないケース」をたくさん見てきたといいます。

そこで笹森さんは、「毎日コツコツ全員が読譜の練習を積みかさねることができる」アプリを開発しました。目や耳に負担をかけないよう、制限時間は10分間。読譜の力をつけるには、短い時間でもぐっと集中してたくさん譜面を読む練習をする必要があります。「初見の力」も鍛えることができます。

笹森さんが中学生で音楽での進学を考えたとき、ソルフェージュ( 楽譜を読むことを中心とした基礎訓練)などをする必要が出てきて、レッスン費用がかかった経験からも「お金をかけないと習えないようになっている」ことへの問題意識がありました。また、「音楽教室を巣立ったあとでも、アンサンブルなどで、パッと譜面を読んで演奏をすることができるように」との願いもあって開発されたものだそうです。電子音に抵抗のある人もいるかもしれませんが、「電子音ではだめだ、と決めつけるのではなく、電子音として何を聴くのかを選択し、用途によって使い分けることが必要です」と述べています。

笹森さんは、ご家庭で音楽の練習を「生活の一部にする」ことを勧めています。子どもは、習慣にしてしまえば、練習を苦痛に感じなくなります。大切なのは、練習を始める時間を変えずに固定してしまうこと。「1 日のうちのどこでもいいから30分」とするくらいなら、「毎日決められた時間から15分」として、「この時間にやることが当たり前」にすることがポイントなのだそうです。決められた時間に練習を始められた場合は、褒めてあげて、子どもが練習を苦痛と思わないような工夫をしましょう。

 ◇笹森さんから皆さんへ ―チェックポイント!

・練習でもう一回と言っていませんか?

・練習が質のよいストレスになっていますか?

・回数を基準にした練習をしていませんか?

・お子さんは無意識に弾いていませんか?

・「引けるようになったら終わり」と思っていませんか?

中竹竜二×笹森壮大 ―「子どもたちのインナードリームを見つけよう 〜折れない心、くじけない心を育てる~」

 

― 笹森 壮大( Sasamori Sota )

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桐朋学園女子高等学校音楽科(男女共学)を経て、桐朋学園大学音楽学部に入学し、2008年よりフランスへ留学。チェロを臼井洋治、倉田澄子、ほか、各氏に師事。2015 年、花まる学習会にて音楽教育部門「花まるメソッド音の森」を立ち上げる。また保護者向けの講演会も多数行っている。著書に『感性と知能を育てる 音楽教育革命』『幼児期だからこそ始めたい 一生ものの音楽教育』がある。

2019年、花まるグループから独立し、「株式会社グランドメソッド」「株式会社国際音楽教育研究所」を設立。2020年1月、音楽教室の事業名を「アノネ音楽教室」に変更。

『幼児期だからこそ始めたい 一生ものの音楽教育』の紹介

「音楽を通してより豊かな人生を」

「本物の音楽を楽しく学ぶ」

これまでの音楽教育に疑問を投げかけつつ、子どもたちの音楽教育に情熱を注ぐ、笹森壮大氏の著作。

ご家庭の練習にも参考になるヒントがいっぱいです!

“ジャズピアニスト・数学教育者 中島さち子氏推薦”

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㈱エッセンシャル出版は、「本質」を共に探求し、共に「創造」していく出版社です。本を真剣につくり続けて20年以上になります。読み捨てられるような本ではなく、なんとなく持ち続けて、何かあった時にふと思い出して、再度、手に取りたくなるような本を作っていきたいと思っています。

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