「人に期待しない」と決意の少年、人を育てるプロになる 中竹竜二さん

日本ラグビー協会の理事で10年にわたり、指導者を指導する「コーチングディレクター」として活躍する中竹竜二さん。経営する会社、チームボックスでは、組織のリーダーをトレーニングし、その風土変革を行っています。

「人を育てる」視点で各界で活躍する中竹さんが、その幼少期からこれまでを振り返りました。

「人に期待しない」ことを身に付け、「ひとりで努力する」と心に決めた幼少期

僕は、両親から教育的指導を受けたことが一度もありません。親も「一度も育てた覚えがない」と言い切っているくらいです。勉強もですし、礼儀についてもそうでしたね。

うちの家庭はそもそも変わっていて、挨拶する習慣も一切なく、「ありがとう」「おはよう」「おやすみ」も言ったことがありません。学校に行き始めてからは、先生が頻繁に「ちゃんと挨拶をしなさい」と口にするのを、「挨拶ってそんなに大事なのか?」と不思議に思っていました。

このような環境だったことから、僕は小さいころから勝手にやっていました。でも、友達だったり、無言とは言え家庭環境からは、何かしらを会得していたと思います。うちの家は裕福とは言えなかったので、父親が一生懸命働き、母親がそれを必死に支えていました。その様子に「頑張っているな」という思いもありました。家族の仲が悪かったわけではありません。

僕は、運動能力も学力もあるほうではなく、小さいころから劣等感を持っていて、途中からは「褒められること」を放棄しました。「褒められたい」と思って褒められなかったときの「がっかり感」ってありますよね。小学校2年生で体験した、この思いが契機となったのですが…。

僕はもともと字を読むのが苦手で、学校の授業で本を読むようにと言われても、一行も読めなかったりしました。そこである時、徹夜して本気で覚えてから学校に行くという努力をし、結果、きちんと読み上げることができたのです。ところが、教科書を読めない僕をそれまで笑っていたクラスメイトも、先生も、何ひとつ褒めてはくれませんでした。それで僕は、「人から褒められることは諦めよう」と思ったのです。そして同時に、「ひとりで努力をしよう」という覚悟を決めました。

文字が読めないことについて、今になって分かったことに、僕は「読字障害」だったのですね。両親に相談したりもしたのですが「私もそうだよ」と言われただけでした。「努力が足りない」と誰かに言われたこともあります。そんなこんなで、この件はまったく解決できないまま、大人になってしまいました。

僕は小さいときから、人に文句を言われることが多い立場だったので、何かあっても、いちいち凹みません。これは、幼少期に身に付けた「人に対する期待感のなさ」からきていると思います。ですからそういう意味では、小さいころから今に至るまで「放置しっぱなし」の親に感謝しています。親が僕にしてくれたことで印象的なことは、本当にありません。親としては「ご飯は出して養育はしたけれど、教育はしていない」と、そんな感じだと思います。

親が陥る間違った「期待」のかけ方とは?

 

存在を承認してくれた「どんな個性も活きる」スポーツ・ラグビー 

このような僕の幼少期の経験から言って、スポーツにせよ、何にせよ、「自分の居場所」があるといいと思います。

僕は、実家の前に、たまたまラグビー教室があったことから、ラグビーを始めました。友だちが通うからといって兄が始めたので、ついでに僕も、となったのです。もし実家の前が野球教室だったら、野球をやっていたと思います。

僕は、足も遅くて運動能力がありませんでしたけれど、ラグビーはそういう人にも活躍できる領域を用意してくれています。同級生に足の速い子や、パスやキックの上手い子がいるなかで、僕が唯一、誰にも負けなかったのは、「キツくなっても頑張る」ということでした。あとは、足が遅い分、周りを俯瞰して見渡し、よく考えることができたのか、「ゲームの流れを読む」こともできました。また、僕は体をぶつけにいくのが怖くはありませんでした。総じて、逃げない勇気は持っていたと思います。これがもし、足さばきや足の速さが必要とされるサッカーなら、何の役にも立てなかったと思います。

僕はラグビーをやりながら、「これしか頑張れることはない」と思っていましたし、ラグビーが生きる手段といいますか、「自分は存在していいのだ」と思える、何か一種の“よすが”となっていたと思います。

お子さんがスポーツを始める場合、運動能力が高ければ野球やサッカー、陸上がいいかもしれませんが、もしそうでなかったら、ラグビーを始めたほうがいいかもしれないですね。

ご参考になれば…ラグビーで「フランカー」というポジションは、一番能力の低い人が務める傾向にありますが、フランカーの人たちは、もともと取り得がなかった分、「年齢を重ねて足が遅くなったから…」というような、「やめる理由」が出てこないので、いつまでもラグビーを続けていたりします。そういう意味では、一番ラグビーらしいポジションと言えると思います。ラグビーは、本当に、どんな個性も活きるのです。

令和の時代は「あり方」の時代 ~マイナスの個性を自分らしさとして活かすには。家庭は、親子がワンチームで「自分たち」らしさを磨く場~あり方のスポーツ・ラグビーに学ぶ!

「人が育つ」環境 ― 指導者と、オフ・ザ・フィールドでのあるべき姿

「わがままでチームの和を乱し、勝手なプレーや発言、行動などが周囲の怒りを買う」という個性が活きたこともありました。それは、僕が早稲田大学の監督に就任して3年目、「大胆な破壊と創造をしよう!」をスローガンに掲げたときのことです。

僕はチームを勝利に導くため、先述の個性を持つ選手をキャプテンにしました。何故か?   保守的な選手をキャプテンにしたら、他のメンバーも、新しいスローガンに対して本気にならないだろうと考えたからです。そこへいくと彼の個性は、「今年はダイナミックチャレンジをするんだ!」という思いをチームに浸透さる効果をもたらすだろうと思いました。

その年の試合で、このキャプテンはある問題を起こしてしまうのですが、それでも続けてもらった結果、チームは絶好調。無敗が続きました。

しかしその後、一度「手痛い負け」を経験します。スローガンが目的化し、ゴールを見失ってしまったからだと思うのですが、この時、驚いたことに、その型破りなキャプテンが、皆に対する態度を180度変えたのです。「何か悩みはないか?」「皆で話合おう」と言って回っていました。負けの責任を感じての行動だったのでしょう。それが招いたのは、チームの不調…。そしてある時、彼はこう僕に話かけてきたのです。「中竹さん、僕らしさって何ですか?」この言葉こそ、僕が待っていたものでした。彼は、自分の型破りなあり方が、チームを支えていたことに気づいたのです。

ですから僕は、「好き放題で皆が迷惑しているからチーム力が低くなる」といった概念を、覆さなけれなならないと思います。好き放題の場を、遠慮しないで文句が言える環境と捉えると、皆、気持ちよく発言しているということですし、お互いが自分らしく、自分のやりたいことをしっかりやっているわけです。

「わがまま放題になると危険」という考えもあるかもしれませんが、それよりも、全員が無邪気に本気で頑張れる場を作ったほうが最大パフォーマンスに繋がるだろうと思います。

監督としての結果の責任はとりますが、僕の仕事は「勝たせること」が目的ではなく、選手が持っている力を最大限出す・活かせるようにすることです。

人は、意外に常識や周りからの批判にビクビクしているものです。常識的に間違っていることをやって結果が出ずに、「ほら、やっぱり」と批判されたら立つ瀬がないですよね。それが、そういう批判をする人が周りにいなければ、常識から外れていたとしても、純粋に力の発揮できるパフォーマンスを選択すると思います。このような環境を整えるのが、僕の役割です。

 

社会の常識から外れたことも「自分らしさ」と認められますか?

勝敗を体現しているのは、監督の僕ではなく選手です。「勇気があれば飛び越えられそうだけれどリスクのあること」は、監督のような指導者が、その役割として担うべきだと思います。これが結果うまくいった場合は、選手の手柄として持っていってもらいます。うまくいかなかったら、それは指導者の責任です。勝っても嫌なことを言われるくらいですから、負けたらもっと言われます。ただ、これも仕事だと割り切れれば、大したことではありません。

僕は今年、これまでの経験を踏まえて『どんな個性も活きるスポーツ・ラグビーに学ぶ オフ・ザ・フィールドの子育て』という本を書きました。タイトルに「子育て」とあるものの、社会人の方にも、また、お子さんをお持ちでない主婦の方にも読んでいただきたいと思います。

僕は仕事柄、指導者の方や親御さんに教えることが多く、その視点で書かれていますから「大人の学び方の本」と思ってもらえるといいと思います。この本で一番伝えたかったのは、「親などの指導する側が、大人として、いかに学ぶか」です。また、スポーツでいうと、試合などの競技のど真ん中ではなく、準備や日常生活などの周辺的なことが、いかに自分を形作っていくかをしっかりと認識し、そこでしっかり学び、投資していくことの重要性を伝えています。ぜひ、ご一読ください。

 

―中竹竜二( Nakatake Ryuji )

中竹さん 250

株式会社チームボックス代表取締役
日本ラグビーフットボール協会理事

1973年福岡県生まれ。早稲田大学卒業、レスター大学大学院修了。三菱総合研究所を経て、早稲田大学ラグビー蹴球部監督に就任し、自律支援型の指導法で大学選手権二連覇を果たす。2010年、日本ラグビーフットボール協会「コーチのコーチ」、指導者を指導する立場であるコーチングディレクターに就任。2012年より3期にわたりU20日本代表ヘッドコーチを経て、2016年には日本代表ヘッドコーチ代行も兼務。2014年、企業のリーダー育成トレーニングを行う株式会社チームボックス設立。2018年、コーチの学びの場を創出し促進するための団体、スポーツコーチングJapanを設立、代表理事を務める。

ほかに、一般社団法人日本ウィルチェアーラグビー連盟 副理事長 など。

著書に『挫折と挑戦 壁をこえて行こう』(PHP研究所)『新版 リーダーシップからフォロワーシップへ カリスマリーダー不要の組織づくりとは』(CCCメディアハウス)『insight』(英治出版)など多数。

2020年、初の育児書『どんな個性も活きるスポーツ・ラグビーに学ぶ オフ・ザ・フィールドの子育て』を執筆。

『オフ・ザ・フィールドの子育て』の紹介

本書では、「多様性」というキーワードに着目し、それを独自に育んできたラグビーに学ぶことで、子どもたちに多様性を身につけてもらえる、子育てをよりよくできるのではないかと考えました。教えてくれるのは、「コーチのコーチ」をしてきた“教え方のプロ”である中竹竜二氏

さらに、花まる学習会を主宰する高濱正伸先生から、著者の考えに対して、「子育て」や「学び」の観点から、適宜コメントを入れていただきました。

また、巻末にはお二人の対談を掲載し、ラグビーに学ぶことの意義についてご紹介しています。

改めて「ワンチーム」という言葉の意味や、ラグビーが大事にしてきた「オフ・ザ・フィールド」という考え方を知ることで、わが子の個性をどのように活かしたらよいかを考えるきっかけとし、わが子が実際に輝ける場所を親子で一緒に見つけてほしいと思います。

“サンドウィッチマン推薦! ”

ラグビーがなかったら、いまの俺たちはいなかったと思う。

「中竹さん、ラグビーから学んだことは、今に活きています! 」

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㈱エッセンシャル出版は、「本質」を共に探求し、共に「創造」していく出版社です。本を真剣につくり続けて20年以上になります。読み捨てられるような本ではなく、なんとなく持ち続けて、何かあった時にふと思い出して、再度、手に取りたくなるような本を作っていきたいと思っています。

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